伊藤博文には想いを寄せるひとりの女がいる—新橋の料亭「幾松」の女将・お弥代。
怱忙の身で足繁くこの店に通うのも、お弥代目当てに他ならない。ただ、彼女にはどうやら自分とは別に好いた男がいるらしい。
内閣総理大臣にまで昇りつめた自分以上の男とはいったい何者なのだ。伊藤は問い詰める。
「そうどすなぁ…何から話しましょうか…」
お弥代の心は瞬時に“あの頃”へ、そして“あの男”のもとへかえってゆく。
(いったいあれからどれぐらいの月日が流れたのか…)
長い時が流れた今でも、この胸を、熱く、そして苦しくもさせるあのお方。
激動の幕末を、武士としての忠義を尽くすために己の命を賭して戦い、そして散っていったー
ただひとりの恋しいひと…